「ヨガで怪我をした」という記事がたまに見られますが、そもそも怪我をしない体作りのためのヨガにも関わらず、なぜ怪我をしてしまうのか?実はヨガ初心者だけでなく上級者やヨガインストラクター・講師であるほど怪我に悩む人が多いというのが現実です。今回はヨガと怪我、リスクとその予防策について解剖学や運動学の基礎も交えてご紹介します。
大前提ですが、どのような運動でもやり過ぎは怪我に繋がります。
ヨガで生じる怪我は普段の生活やスポーツなどで生じる怪我とは異なり、明らかな外傷の怪我というよりも違和感を感じる状態であったり、動きにくさ、可動域の制限を体感する状態であったりと明確な表現の難しい状態が大半です。
特に上級者の多くは、インストラクターとして週に数回口座(レッスン)を持っていてアーサナを実践する立場になります。
そのような中で準備のためのアップだけでなく自己研鑽の中で毎日実践しているとすると、運動量として相当な時間を関節運動に費やしているわけです。当然のことながら、腰や股間節、膝関節が疲労を訴えてきます。
そのような怪我の中でもインピンジメント(筋肉の挟み込み)などは代表的な怪我の一つで、解消するまでに数か月かかり、その違和感と戦いながらヨガを教えることになります。
こう考えると、本来のヨガの目的と離れていってしまう可能性もあります。
またヨガを習いたての方にも怪我の前触れは生じます。ついつい頑張るあまりに現在の自分に過度な負荷をかけて筋を過剰に伸ばしてしまう。酷いときには腱を伸ばしてしまったり、場合によっては腱や靱帯を切ってしまったりと頑張り過ぎが招く不幸もあります。
ヨガ実践者の立場によって様々な怪我が考えられる
ヨガによる怪我と言っても様々な立場により、ぞれぞれ異なる怪我の種類が異なります。まずはヨガ初心者や上級者、そしてヨガインストラクターなど、立場の違いから怪我について考えます。
ヨガ初心者が怪我をするケース
初心者で生じやすい怪我にはいくつかの傾向があります。
ヨガの頑張り過ぎによる怪我
頑張り過ぎは、少しでも早くあるアーサナをマスターしたいがために過剰な負荷をかけて 関節を痛めてしまうケースです。基礎を大切にし、適切なプロセスを経て難易度の高いアーサナを行わないと怪我に繋がります。
準備不足による怪我
当然、準備不足が、怪我に繋がる原因となります。
何事も準備体操が大事で、いきなり難易度が高いアーサナを試みれば怪我をする可能性は高いです。特に逆転のアーサナは数センチの高さでも怪我に繋がりやすく、特に頚部の怪我は、最悪、麻痺などの障害が出る可能性もあるので注意を要したいところです。
また、ヨガだけでなく何かの運動を行う際、筋は「サイズの原理」が働いています。
サイズの原理とは「弱い筋収縮の際には小さな運動単位が活動し、筋収縮を少しづつ強化していくと徐々に大きな運動単位が活動に参加してくる」という法則です。
講師の指示に従って正しい知識を身に着けて、大きな筋を動かしたいときは徐々に強度を高めていくことが、怪我防止につながるのです。
自分の体に対する無知による怪我
例えば若い時にできた運動が、年を重ねると出来なくなる現象は皆さんもお分かりになると思います。
例えば、100mをダッシュする際に、40・50代だと足がもつれる経験をした人は少なくないでしょう。筋と神経がうまくシンクロナイズされずに生じるアンバランスは、加齢でどうしても防ぎにくい問題です。
そんな時、気持ちだけは昔の自分を思い返して、「昔はこの動きができた」と思い込み、その動きをするものの、身体がその動きに反応できず、結果、怪我をするというケースです。
これは思い違いの修正を行うことで回避できます。若い時に出来た動作ができなくなるのはある意味普通の現象で、それができなくなったとしても自分を責める必要はありません。
今できることは何かを確かめた上で過去の自分と比較しないことで怪我を未然に防ぐことができます。
ヨガインストラクターが怪我をするケース
出来て当然と考え、無理をしてしまう
ヨガの講師(インストラクター)たるものクラスで見せるアーサナは完璧に出来て当然と考えてしまいがちです。
実際、体に違和感を感じていても目的のアーサナをとることで、怪我の部位を更に痛めつけて怪我を悪化させてしまう場合があります。
こういう時は少し練習量を減らし、怪我を直すことに重きを置くだけでなく、可能であればレッスンの回数を減らすか最低限の動きでレッスンを乗り切り、怪我を克服するしかありません。
アーサナを完璧に見せなければいけないと責任を感じる
アーサナを完璧に見せることはインストラクターの責任でもあると思います。
しかし、その過剰な責任から怪我を放置すると、ますます治りが遅くなりますので、レッスンを休む勇気も必要なのかもしれません。「辛いよ」という身体の声を感じ取って自分にも優しくヨガと向き合っていくといいとおもいます。
「辛いところなんて見せられない」と考えての過剰な負荷
「つらいところなんてみせられない。」なんて、そんなことはありません。怪我で出来ない自分と向き合うこともヨガを実践する大切な感覚です。
体と心の繋がりの中で、少しその繋がりの調子が悪くなるのが怪我なので、そこは怪我と向き合い、先ずはしっかり治すことが先決であることは言うまでもありません。
痛みや腫れが生じないレベルまで身体を戻してからレッスンに向き合い、自分自身を労わっていきましょう。
ヨガ経験者が怪我をするケース
自分はできるとの過信から生じる怪我
経験者の怪我には「自分はある程度できるのだ」という過信から生じる怪我が考えられます。
どのような動きでも必ず怪我の可能性があることを意識して、簡単にできるアーサナだとしても、怪我をしないように毎回言い聞かせても良いかもしれません。
特に難易度が高いアーサナを準備なしにするといきなり筋が収縮し、その結果、伸び過ぎてしまうなど、怪我に繋がる可能性があるため注意が必要です。
疲れから生じる怪我
疲れも大きな怪我の原因です。疲れたときは無理にヨガはしないことです。
頻度や時間は個人差がありますが、疲労を感じた際は先ずは休むことです。ノルマのごとくアーサナを取らなければ怪我は回避できるはずです。
インストラクターが生徒に怪我をさせてしまうケース
既に生徒さんが抱えている怪我の確認不足
レッスンを始めるとき、その生徒さんに怪我や不調がないか、事前に確認をするのは言うまでもありません。しかし、ご本人が申告しない、もしくは軽く考えている場合もありますので慎重に見極めなければいけません。
講師(インストラクター)として、レッスン前にしっかりと確認するよう心がけるとともに、無意識に生じた生徒さんの怪我や不調に気づける力も大切です。
生徒さんに実力以上の負荷を与えてしまう
ついつい生徒さんも頑張ってしまい、無理をしてしまう時があります。そんな時、ブレーキをかけてあげるのもインストラクターの仕事です。
どこでブレーキを踏むかは微妙な話ですが、呼吸の乱れやアライメントの確認の中で心配であればサポートに入り、無理のないレベルで確認を触知できると良いのかもしれません。
また本人がいつもより頑張っている姿に疑問を持つことで、怪我を防ぐことができるのではないでしょうか。アーサナのキープ時間や可動域を確認することで、いつもよりも過剰な動きが見られたらブレーキをかけてあげて、怪我の回避を考えていきましょう。
目が行き届かず怪我を招いてしまう
目が行き届いていないという問題は、大人数のレッスンやオンラインでのレッスン、少数でも、どのような場面でも生じる可能性があります。せっかく、楽しく気持ちよくヨガをするのですから、最低条件として安全の確保は必須です。
大人数の場合であれば、初心者もベテランも違う動きをします。初心者に生じやすい安全ポイント、ベテランであればベテランに生じやすい安全ポイント(特に隣の方との距離感など)に注意をしてレッスンを進めていくといいのではないでしょうか。
怪我しやすい身体部位とアーサナの注意点
最も注意を払いたい頭頚部の怪我と予防策
最も注意を払うべきは、頭頚部です。
中枢神経である脳と脊髄を損傷すると、取り返しのつかないことになります。わずか数センチの高さからバランスを崩すだけで脳や頚部はダメージを受ける可能性があります。
特に逆転のポーズや後屈のアーサナには注意が必要です。シールシャ・アーサナなどは不安定な逆転のポーズなので、特に頚部を事前に動かし準備をしてから臨むようにしましょう。
また、インストラクターならば、生徒さんが逆転のポーズに不安な方や首に違和感のある方には絶対に取らせるべきではありません。
興味本位にアーサナを行うと、思わぬ怪我につながる可能性があることを認識してレッスンを行う必要があります。首周りの筋は、太ももや肩甲骨などの大きな筋と比較すると小さく、いわゆる「寝違え」など少しの負担でも痛みを生じやすい場所です。
怪我を避ける方法は、とにかくゆっくりと頚部は屈曲、伸展、背屈、回旋をおこない、徐々に強度を強めていくことで負担を最小限にすることができるのでご注意ください。
くどいようですが、頭頚部はとにかく無理をしないことが大切です。
ヨガで生じる肩の痛みと予防策
肩に痛みが出るケースも様々です。
肩関節(正確には肩甲上腕関節)は機構も複雑で、関節包内に問題があるのか、靱帯の問題なのか、骨、筋の問題なのか、神経の問題なのか様々なケースが考えられます。
その中で関心を向けてもらいたいのが、回旋筋腱板(ローテーターカフ)の位置※1です。ゼロポジションの確認をすることで肩の負担を軽減できる可能性は十分にあります。
ゼロポジションとは肩甲棘と上腕骨が、ほぼ一直線上になる肩の高さで、肩甲棘と上腕骨の長軸が一致したポジションをいいます。
万歳の腕の位置(外転135度前後)と屈曲45度で肩関節周辺の筋緊張が均等になり、関節周囲の筋肉や腱などにかかる負担が分散され、力が均等に発揮されるとされています。(当然個人差はあります)
ウルドゥワ・ハスタアーサナの腕の位置でしょうか。ここで痛みを感じる様であれば位置を少しづつ変えていきながら不調のポイントを探ったうえで負担の少ない場所を探してみてください。
また、前腕や肩関節強化のアームバランス系のアーサナも肩周辺の強化や痛み軽減に効果があるとされています。
私の経験ではチャトランガを10呼吸とれるようになった上で、アームバランスのアーサナに挑戦すると怪我防止に繋がると考えています。10呼吸はまあまあ辛い回数ですが…。
また、ダウンドックで十分に脇腹を伸ばして肩の負担を軽減させることで肩こり予防にも繋がるかもしれません。
ちなみにダウンドックの肩のポジションは、まさにゼロポジションです。これにより回旋筋腱板の筋緊張が一定になるので肩の負担が減ります。
あとは屈曲制限や伸展制限、外転内転制限の確認も必要です。複合的なアーサナからではなく、それぞれの基本的可動域を確認し、その動きに問題ないかを確認したうえでアーサナに取り組むと良いでしょう。
※1 回旋筋腱板(ローテーターカフ)は棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋
ヨガで生じる手首の痛み・怪我と予防策
手首は、特に逆転のアーサナやアームバランスで大事になる部分です。手掌を掌屈するアーサナは、ほぼないと思うので背屈動作について解説します。
手掌を長時間底屈させると、当然手掌に重力がかかり負担が増えるため、バカーアーサナやハンドスタンドの練習などを長時間行うと、手首を痛める恐れがあります。
対策の一つは、しっかりとMP関節と中指に重心を置き、手掌を大きく開くことで、接地面を大きく取ります。つまり、支持基底面(接地面が)大きくなるので、力が分散されます。これだけでも負担軽減に繋がるでしょう。
また、私の経験では筋トレは回外する動作や力を入れる動作が多いように感じますが、ヨガは回内動作を多く行っているように思います。
上腕骨内側上顆から前腕の腹側面(手のひら側の前腕面)に付着する筋を多く動員することになるので、練習が終わった際に、使いすぎた部分をマッサージするか、逆に回外動作を行いうことで負担低減に繋げていくと良いでしょう。
チャトランガなどでは、体の使い方を考え、手掌にのみ力がかからないように分散を意識することで手首の負担低減に繋がります。
全身均等にバランスをとることで上腕三頭筋の遠心性収縮を使いながら、手首に集中する負担を分散させると良いかと思います。
ヨガで生じる骨盤や腰椎の怪我と予防策
骨盤は下肢を支える要となります。
骨盤が前傾しすぎても後傾しすぎても負担が生じます。骨盤の可動域と腰椎の動きは連動しており(腰椎骨盤リズム)、このリズムのバランスが適正な可動域を実現します。
仰向けで両膝を抱えてガス抜きのポーズになり、
- 前後左右に体幹を揺らしていく動きを観察して違和感なく動きをコントロールできるか?
- 左右の動きを止めたり動かしたりが自然に行えるか?
- 体幹の筋群に問題はないか?
- 特に腹筋群の低下はないか?
プランクなどで確認しながら、骨盤の動きと合わせて確認することはとても重要です。
上記のガス抜きのポーズから左右前後に体を揺らす動作は、一見簡単に見えますが、リズミカルに体を動かすには満遍なく体幹を使えないとうまく出来ない動作になります。
腹筋群と背筋群のバランス運動ともいえるので、両側に満遍なく筋群が強化されないと、なんらかの負担が生じるのではないかと思います。軽い腹筋運動を地道に重ねていきながら少しづつ体幹強化を重ねていくのが一番の近道ではないでしょうか。
脇腹を伸ばしたり(パールシュワコーナアーサナやウルドゥワハスタアーサナなど)やセツバンダサルヴァンガアーサナ、ウシュトラアーサナなど後屈のアーサナの比較的緩やかなものを取り入れながらバランスの良い体幹を鍛えて行きましょう。
ヨガで生じる膝の怪我と予防策
膝は多くの筋が付着する部位になります。前面には脛骨粗面があり大腿部の筋が総出で付着してきますし、内側部は鵞足などもあり、内側側副靱帯をしっかりサポートしています。
個人的な体験談となりますが、私はレッグエクステンションのやり過ぎで、外側側副靱帯の水平断裂になったことがあります。水がたまり、整形外科の先生から「一生治りませんよ」と指摘を受けたことがあります。
極度の疲労を筋や関節、それを構成する靱帯に負担をかけると、このような怪我に繋がります。そのため、先ずは膝は大きな関節であるものの、怪我をしやすい場所であることを認識してください。
ヨガでは立位のアーサナの多くが膝への負担を強いますので、その負担の程度をコントロールすることが必要になります。
ビーラバトラアーサナⅠ、Ⅱで膝を踏み込む場合の角度を緩やかに保つことで、負担は軽減されますし、膝が内側に入り込まないこと、そのためにも骨盤をしっかり立てて負担を膝にもっていかないこと、後ろ足の足底面でもしっかりマットを捉えることが重要になります。
膝は過伸展になると危険ですので、多くの立位のアーサナでは要注意です。大腿四頭筋の筋量が足りない中で立位を撮り続けるのは注意が必要なので座位での大腿四頭筋トレーニング(パスチモッターナアーサナやジャヌ・シールシャアーサナなど)で重力の負担を最小限にしてトレーニングをしてもいいかと思います。
ヨガで生じる足首の怪我と予防策
特に足首をひねる(内がえしでねじって前距腓靭帯を損傷するケース)というのはどの運動でも生じる怪我で一番多いパターンです。
浮腫みや腫れがあれば迷わず病院へ行くのが先決です。炎症の原因がわからないと、どうしようもありません。またヨガに限っていえば怪我でないのですが、足首によく見られる現象として背屈制限があります。
下腿三頭筋の動きに制限があり、アキレス腱が引っ張られて動きが悪い、前脛骨筋の筋量が弱くて背屈できない(メインの背屈筋)などにより様々です。
ダウンドックで踵がつかないケースは複数考えられますが、ハムストリングの問題や下腿三頭筋の問題も想定できますが、背屈制限の問題も大きいように見えます。
歩く際の足首の負担の問題にもなるので注意が必要です。立位のアーサナだけでなく姿勢動作を維持するために一番使われるのは下腿のヒラメ筋です。普段、負担の多い筋であるからこそ十分なストレッチで筋を伸ばす動作(ダウンドックなど)で労わりつつも、背屈の可動域を確保するように注意してみてください。
参考までにですが、可動域は背屈20度、底屈45度です。参考可動域は自分で動かすだけでなく、誰かに動かしてもらう場合も含めた可動域なので、必ずしも自分で全部できないと問題がある、という訳ではありません。
ヨガも、やり過ぎには注意が必要。時には休む勇気を。
ヨガによる怪我と言ってもそれぞれの立場で、様々な怪我の可能性があることをご理解頂けたでしょうか?
ヨガはどちらかというと穏やかなイメージが先行していますが、上述した通り、よくわからないままに、複雑なアーサナにチャレンジすると思わぬ怪我を誘発する可能性があります。
生徒さん側からすると、しっかり訓練を積んだインストラクターの指導やサポート、アライメントチェックを受けながら効果的なアーサナをとることが大事です。
同時に、今回はふれていませんが、呼吸法との組み合わせも大事です。交感神経優位か副交感神経優位かを左右する一つのバロメーターが呼吸です。
呼吸で筋の緊張や弛緩を確認することができます。例えば、アルダマッチェンドラアーサナでゆっくりと体をねじりながら呼吸を確認していくと自分の体幹の回旋の緩み具合が確認できます。
最後にベテランの方には、休むことも勇気なのではないかと思います。長い人生ですから時に休みも必要です。もし、やらなければならないと考えるのであれば、それは強迫観念かもしれません。心が解き放たれた自由で楽しい、幸せに満ちた人生をヨガとともに送っていきましょう。