奇跡は目の前の出来事をどう捉えるか
皆さんは奇跡と聞くとどうとらえますか?
めったにないもの。神がかった事象。ありえない出来事。
様々な捉え方があると思います。
私は幼稚園という子どもと密着した仕事からかもしれませんが、奇跡はその人に宿り、それをど捉えるか、にかかっていると思うのです。
誰の子どもに生まれるかも、奇跡ですね。
人は親を選んで生まれてくる。と言います。
親から、何かを学び取り、それを生かして生きる為。
敬愛する長谷川陽子先生はそう仰っています。
私は自分が愛されている存在だと気付いたのは、成人してからでした。
幼稚園の子どもにだいすき!と言われてようやく気付きました。
それまでは恥ずかしながら、愛されていることに無意識だったのだと思います。
目の前の家族の存在も奇跡
実は母のお腹の中にいた時から愛され、私が悲しんでいれば母も父も泣き、私が苦しんでいれば母も父も苦しんでいたわけです。もちろん喜びを共有してくれるのも家族!特にうちの父なんて一緒に怒り過ぎて大変!私が思う以上に怒りまくってくれるのですから!
そういう経験は貴重かもしれません。過剰に代弁してくれる存在も貴重です。
家族ってそんなものかもしれません。
もちろん家族には様々な形があります。
もし、親を選んで生まれていたならば、どんなに憎んで過ごしているあなたも、愛して過ごしたあなたも、親からなにをまなびたいのかを感じ取って頂きたいのです。
奇跡は実はあなたの目の前に溢れている
こうして生まれたことは、やはり奇跡であり、その中で気の合う仲間に出会い、愛せる 仲間や家族に囲まれるのも、これも奇跡に思えてならないのです。
もうすぐクリスマス。
世界が平和を思う季節です。
まずは身の回りの平和を願いませんか?
その担い手はあなたかもしれません。